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みかん松山へ行く

運命の出会いを信じますか?

と書き出せば、此奴変なものに引っかかってんじゃないだろな、と心配されそうですが、違います。念のため(笑)。

 

大学一回生の頃、卒業論文新渡戸稲造の『Bushido: The Soul of Japan』をやる!と燃えておりました。

しかし三回生の春、いざゼミに入って卒論を本格的に着手、となった時のことです。

某青い看板の書店にて、平積みになっていたとある文庫本に出会いました。

本の名前は『坂の上の雲』。

明治初期から日清・日露戦争を経て近代国家になろうとしている日本を 描いた、司馬遼太郎の作品です。

当時、スペシャルドラマとして映像化されると決まったこの本は、その宣伝文句を乗せた帯を巻かれ、其処彼処の書店に並べられていました。

幕末は大好きな私ですが、明治に入るとからっきし駄目で、西南戦争くらいまでは何とか最低限の知識はあるけど・・・、な状態でして。

平たく言えば、幕末以降の歴史に興味もなければ、興味がないので知ろうともしませんでした。

簡単に言えば明治時代レベル0な状態。

ついでに言えば、経験値積む予定0な状態。

しかし。

まさかのとさか。

人生とはいつ何時なにが起こるか分からんもので。

(だからおもしろいのですが)

奇怪な物言いに聞こえるかもしれませんが、「喚ばれ」ました。

平積みになってる、『坂の上の雲』に。

 

そのまま、後は早いのなんの。

一気に文庫八巻を買い、抱き抱えながら帰宅し、11日で読破しました。

あれだけやる気を燃やしていた『Bushido: The Soul of Japan』は何処へやら。

長年頭の中でいちゃついて来た新渡戸稲造は何処へやら。

坂の上の雲』を買った時、多分自分の何かのスイッチがぽちっと入って、今まで起動していなかった部分が動き始めたのだと。

まあ、何でもいいです。

取り敢えず、喚ばれて、そして出会いました。

そこからは尻軽なもので、2年想い続けていた新渡戸稲造から、あっさり『坂の上の雲』へ乗り換え。

斯くのような次第で、『坂の上の雲』で卒論を書くことにしました。

中でもテーマに絞ったのが、正岡子規

なかなかに難産で(難産でない卒論などないのでしょうが)、唸りながら書いて、苦しみながら書いて、脳髄これでもかと絞って絞って・・・。

いやしかし、六尺の病牀に縛られ続けたのぼさんのことを覚え場このくらいの苦しみなんのそのー!と己を励まし・・・。

(ついでに就職超氷河期に凍え死に)

 卒論を書き上げた時には、人生で一番丁寧に付き合った歴史上の人物は正岡子規です!と言い切れるようになりました。

それは良いとして、物語の始まったあの場所に行けていないなと。

前ぶりが大変長くなりましたが、そんな私が瀬戸の波を越え越え、伊予の港へ降り立ったのは2016年4月のこと。

松山旅の、はじまりはじまり。